今回の作品の成り立ち
ここで創作日誌を書こうと思ったのは、今回のような規模の小さいシンプルな公演で、自分がやっている作業を書いてみることで、自分の創作過程が整理できるのではないかと思ったのがきっかけだ。
私は長い間、「土田頁」というブログを書いている。→◎
けれど、そこでは極めて個人的なくだらない愚痴ばかりを書いているので、演劇を創ることについて、真面目に書く場が欲しいと思ったのだ。
そして、これが、歪を理解してもらう助けにでもなれば一石二鳥だしね。
で、最初は台本の書き方についてだ。
今回の「夢叶えるとか恥ずかし過ぎる」は、昨年、同じく歪で公演した「ソラミミホンネレソラシド」をベースにしている。
この作品は、女性三人によるコーラスグループがライブ会場で待たされ、その楽屋で話すだけの芝居だった。その内容から自分たちの姿、そしてお互いへの不満などが見えてくるというプロットだった。
もちろん作品はフィクションだが、題材となったのは役者である彼女たちへのインタビューだ。書く前にそれぞれと会ってインタビューをさせてもらった。
そのメモは現在も私の手元にある。
それを題材にして話を書いた。小劇場女優に共通する悩みをコーラスグループに移し替え、彼女たちの本音を普遍化しようとして台本を書いた。
ここで歪について説明をしないといけない。そのことと、「ソラミミホンネレソラシド」の内容は大いにリンクしているのだ。
歪は「ゆるやかな演劇ユニット」と名乗っていて、これは劇団とは明らかに違う。
劇団は普通、誰か強固なリーダーの元に集まるか、もしくは同じ志を持った人たちが集団を結成し公演活動を行っていくが、歪はそのような経過を辿ってできたユニットではない。
彼女たちは2014年に20代の役者を対象に私が開いた「土田英生俳優育成講座」の参加者だ。
その講座に参加していたメンバーの中で、高橋明日香は私がよく知っている女優だった。2011年にMONO特別企画「空と私のあいだ」のオーディションを受けに来たのがきっかけで、MONOにもそれから何度も出てもらったし、kittというユニットを関西で一緒にやっていたこともある。ただ、彼女が東京に活動拠点を移し、メンバーが東京と関西に離れたことでkittは実質的な活動ができなくなった。
私は仕事でしょっちゅう東京に来ていたので、時々、彼女と会って喋った。
ある時、「もちろん出たい舞台や映像作品があればどんどんオーディションを受ければいいけれど、自分がやりたいことをやらないとダメだと思う。自分のやりたい舞台をやる。それが一番、役者が伸びる道なんじゃないか……」というようなことを私は彼女に話した。
それからしばらくして、彼女が東京で何がやりたいと言ってきた。
私は自分たちで行動をしたら手伝う、と約束した。
で、阿久澤菜々と石丸奈菜美に声をかけ、女性三人で舞台をやるという話になったのだ。
私は約束通り新作を書いたが、作品は簡単にはかけない。
だからインタビューをさせてもらい、それを題材にしたのだ。もちろんそのままではなく、私は彼女たちにこうあって欲しいという希望を、作品の中に込めた。
待つのではなく、自分で何かをすること。
本当にやりたいことをやっていくこと。
それが「ソラミミホンネレソラシド」という作品だった。
で、今年。
もう一度、同じ作品をやりたいという話が持ち上がった。
再演をすることで、役者としての力量もつけたいという話だった。
けれど、私にとってはそれでは新鮮さはない。
だから、その話をベースにしつつ、新たな視点を加えて作品を書き直すことにした。
現在はすでに稽古は始まっているが、並行して改訂作業も続いている。
今回の設定は売れないアイドル。
10代の頃にアイドルになりたいと思った三人が活動を開始し、それから10年ほど経っている。そして全く売れていない。そんな彼女たちが長野で行われるイベントに参加、その舞台裏での会話で展開する話だ。
ここまでは前作と内容が同じだ。けれど、今回は彼女たちのホンネを会話にするだけではなく、もっと大きな、人が生きていくことにリンクするような構成にしようと試みている。
これは難しい。
会話を近視眼的に描くのではなく、それを俯瞰できるようにしたい。
そのためには仕掛けが必要なので、新たに気弱なマネージャーの男とイベントに呼んだエロ男の二人を出して構造を変えようとしているのだ。
その具体的な事柄やはまた書こう。